白の花





「再不斬さん」

俺を呼んだのは、白の声だった。

「おはようございます、再不斬さん」

少しだけ頬を染めて、にっこり、綺麗に笑う。長い髪が風にそよぐその姿は紛れも無く白だった。

「ここは…」
「黄泉の国…天国、でしょうか」
「天、国」

温かく、白い雪が降っている。あの、『最期』に似ている。だが、この雪はきっと涙ではない。
辺りには見た事のない花や畦道にひっそりと生きているような花が咲き乱れている。赤であるはずの花も橙であるはずの花も、葉も、白い。枯れた花のない、白の世界。
白を、道具として扱った。償いきれない罪を背負った俺に、白は微笑んだ。

「白よ」
「はい?」
「…俺を、憎んでいるか」

一瞬、戸惑って丸い大きな目を見開いた。そうしてまた、すぐにその目は緩く弧を描く。

「そんな事ありません」

昔から真実しか紡がなかった唇を疑うことはできない。

「…お前を道具として扱い、敵に負けたお前を俺の手で殺すためにここまで追ってきたとしてもか」
「…はい、お手を煩わせてしまって、すみません…殺して下さい」

瞳に恐怖の色は映っていない。当たり前のように殺せと覚悟を決め、長い睫毛を伏せる。あの瞳には恐怖どころか未だ、俺に対しての忠誠が見えた。
愛していたと気が付いた今、いや、気が付かずとも、きっと白だけは殺すことなんてできやしなかった。

「……」

邪魔な口元の包帯を解いて、身を屈めて、あの時撫でた頬にもう一度触れる。色の違う唇を重ねて、白が目を開く前に離した。

「…再不斬、さん…?」

口付けの意味を知っているだろうか。だが、傍で、隣で生きてきた俺も意味を説く方法を知らない。
白が唇を指でなぞって、すぐに白い肌が桃色に染まった。温かい雪がまた、目尻の傍に落ちて、流れていく。やがて、本当の涙が溢れて雪と混ざって流れた。

「再不、斬、さ…」

ぽろぽろと止め処なく溢れる涙は何を意味している?悲しみの涙の他に、何があるだろう。
人として、沢山のものが欠落していた。純粋な喜び、悲しみ、怒り、当たり前に抱く愛情。感情を殺してまで鬼になろうとした理由は何だった?
自分の胸に白を引き寄せて下唇を噛み締める。

「…お前、は、道具なんかじゃ、…な、い」

涙が長い髪に落ちて、白がそれを見上げる。色々言いたいことがあって混乱しているのか、何度か口を開けては閉じて、を繰り返していた。 白の鼻先に涙が落ちて、細い指が愛おしそうに拭った。

「再不斬さんの涙、初めて見ました…とても、綺麗です」

あの時白はもう、隣にいなかったから俺の涙を知らなかっただろう。

「最後に、お前の傍にいたいと望んだ。人に疎まれるばかりで、鬼と呼ばれた俺でも、綺麗だったお前と同じところに行きたい、と。
できるなら、お前に違う人生を歩ませてやりたかった。人らしい生き方を見付けてやりたかった。お前は賢い。能力を隠したまま別の道を探すことだってできた。 …だが俺はお前と過ごした日々を否定することはできない。毎日が血で汚れていても、…幸せだった。
俺は、お前を…」

何を、躊躇う事があるだろう。

「愛している」

大きな瞳が俺だけを映す。小さく、揺らめいていた。

「お前が死んだとき、俺は何に対して怒りと悲しみが込み上げているのか、そしてそれを何にぶつければいいのか…認めようとしていなかった。
白、お前は俺を愛してくれるか」

風が流れて、花と白がゆらゆら、きらきら光る。綺麗な瞳からまた涙が溢れて、そして、嬉しそうに笑って俺の頬に手を伸ばした。

「大好きです…再不斬さん」

惹かれあうように口付けをした。長く、この時が終わらなければ、と願う。

「あなたに出会えて、よかった…」

震えた声が響いて白は、花になった。

「……白…?」

白のいた場所に一つだけ咲いた、白い花。花の名は分からないが、雪のような小さな花だった。
想いを俺に伝えて、白は花になった。きっと俺もこの想いを伝えたら花になる。周りの数え切れないほどの花も、きっと幸福を得た、生き物たち。

「白」

俺はどんな花になるだろう

「お前は 俺の心だった」










同じ世界へ行ったなら、綺麗な愛を抱いたままどちらも消える、と思う。抱き合ったまま愛を語り合ったりするような仲にはなれない、って言う私の想像。
心は存在するものでなく、誰か愛した人自身だと思う。こういう考えはBLEACHから、かなぁ…

2009.7.15