「湯中りか?」
「……うん、ちょっと考え事…」
「ああ悪ィ、喋んな。水と手拭い持ってくっから寝てろ」
離れてゆく背。昔から広い背だった。
「……」
慕わしい。その思いさえ伝えられない。狂いそうな程に体と心が君を求めている
というのに。
「おら、気持ちいいだろ?」
「ん…」
額に水を含んだ手拭いが乗せられる。伸ばされる腕は、筋肉質で、色濃くて、僕
とは違った。一角の体は、自分より大きかった。綺麗だった。
「…ねえ」
「あん?」
どう伝えたらいいだろう。なんと表そう。
「まだ、……好き?」
「……」
暫くの間の後、目を覆うように大きな掌が近づいてくる。目を伏せると、睫毛が
掌を撫でた。
唇に触れたものは、きっと唇。すぐ傍で、一角の匂いがする。
鼻先と額の手拭いに当たっていた掌が離れて、開いた目の先には一角の顔。笑っ
てはいない。少し、苦しそうな表情。
あの時と、似ているかもしれない。
「……好きだよ」
きっと、あの時からおかしな事だと分かっていたから悲しそうな、苦しそうな表
情だったんだね。
今もまた、そんな顔をするのは誰にも認められないと知っているから?
「…………風呂、入ってくっから」
「………っ」
声が出なかった。恐くて、呼び止められなかった。また離れていく背は、僕には
触れられないものだと自分で勝手に、理解してしまった。
額の手拭いが落ちた。
最初の、入浴シーンを書きたかっただけだったんですが。
長い髪が湯に漂う様を書きたかった筈なのに殆ど触れていない。
2008.12.7