純白





今日は現世で言うクリスマス。十二月二十五日、尸魂界で雪が降った。

弓親に与えられた部屋の一つの布団に二人、抱き合うようにして眠っている。時刻は午前六時、そろそろ起床し準備をしなくては朝礼に間に合わない。が、今日は二人そろって非番を取り流魂街に行くという約束をしていた。治安の良い地区では毎日賑わっていて、買い物や散歩で流魂街に訪れる死神も少なくない。今日の目的といえば弓親が新しい櫛が欲しいと言うので一角も付き合ってやることにしたのだった。
突然冷たい風が部屋に入り込んだ。

「ん…っ」

声を上げたのは弓親。もぞりと身体を動かして無意識に一角の体温に縋り付く様にし、また夢の中へ旅立とうとしていた。

「つるりんゆんゆん、寒くないのー?」

少女の声。冷たい空気が入ったのは草鹿やちるが襖を開けたせいだった。弓親は薄く目を開き声のした方を見た。ぼうっとした虚ろな目。寝起きのせいで頭が回らないようだ。
約三秒後。

「…あ、副隊長…」

身体を動かそうとしたがどうも腰が重く、気怠い。そこで気が付いたのは自分が裸だということ。もちろん隣で未だ眠る一角も。
お陰で一気に目が覚める。胸元を見れば赤い花が目立ちすぎるほどに散りばめられていたので、すぐそこに抛られていた寝巻きで肌を隠しやちるに視線を向けた。

「えっと…副隊長、この事は……」
「あのね、外雪が降ってるよ!」

三席、五席が揃って裸で布団の中にいたことは何も気にせずこの部屋に来た理由を満面の笑みで伝えた。そういって廊下に駆けていき、まだ小さな子供でよかった──と胸を撫で下ろす弓親を尻目にぴょんぴょん跳ねている。
部屋の温かさは失われ、弓親は一つ身を震わせた。近くに視線を戻し未だ繋がれている手を見る。大きな掌に包まれた左手は温かい。けれど寝巻きを押さえる右手は既に熱を離してしまっていた。

「そろそろ起こさないと」

手を解こうとすると指が絡んで離れない。無理矢理引き剥がそうとするがぎゅう、と握られる。

「本当子供みたい」

一角の方を揺らし起きて、と声をかける。

「んー…」

ぼんやりと目を開き前にあった弓親の顔を引き寄せて触れるだけの口付けをした。

「っはよ」

弓親の顔は寒い部屋の中で見る見るうちに赤くなっていった。
急に大きな霊圧の揺れを感じる。

「テメェ等…何やってんだ…」
「たっ、隊長」

勿論故意に合わせたわけもなく、だが当たり前のように声が重なる。

「いくら非番だからって朝から盛ってんじゃねーぞ」

すかさず一角が反論する。

「盛ったのは昨日のば…」

言い終わる前に弓親が一角の口を塞いだ。明らかに一角は何か言いたそうに暴れているが。

「いえ、何でもないです隊長」

にっこりと愛想笑いを浮かべ一角を布団の中に押し込んだ。小声で服着てよね、と言うと

「どーりで寒いわけだ…」

とやはり忘れていたようだった。
気を遣ったのかやちるに見せたくなかったのか剣八は戸を閉めてくれた。二人は安堵にほう、と溜息を吐いた。



「雪、降ってるんだって」

二人、衣服を羽織ながら弓親が剣八とやちるが来たわけを告げた。

「ああ…今日雪が降ったら、…何だっけな、ホワイトクリスマス?」

背中合わせだった弓親が振り返った。

「覚えてたの?」

心底驚いたような表情で一角を見上げる。それを一角はぎろりと睨み付けた。

「喧嘩売ってんのか…」
「あ、ごめん、でも嬉しいよ」

 にっこり笑えば一角は弓親に悪気が無い事を知る。

「ま、いいけど。じゃあ俺着替えてくッから」
「ん」

弓親も一枚着物を羽織っていることを確認して一角は襖を開け廊下に出た。



「あー、さみぃ」

雪が庭に積もっている。白くて綺麗だとは思うが寒いものは寒い。吹き付けてくれば冷たい。やはりあまり好きなものではないな、と一角は心の中で呟いた。
廊下に出たといっても一角の部屋はすぐ隣で、すぐに風を凌ぐ事はできた。だがそれをしなかったのは、弓親が大切に育てていた椿の花が雪を被っていたからだった。可憐に咲く赤い花に白が被って綺麗だとも思えたが、やはり花にとっては良くないことなのだろうと一角なりに考えた結果。

「…俺様優しー」

自室に置いてあった番傘を手に取り、一角は雪の降る中着物一枚、裸足で庭に出た。無音だった場所にみしりみしりと雪を踏みしめる音が響く。遠くの雪を伝って音を立てているように。

「冷てぇ…」

部屋に戻ってから着物を着て、草履でも持ってくればよかったのだが、寒さに凍える花が目に入って、しかもそれが弓親が大切にしていたものだと。放ってはおけなかった。
近くに寄ると花に被った雪を手で払い、枝が折れないように番傘を添えてやった。ぼんやりと、この椿を弓親の髪に挿してやったら似合うだろうな、と重いながら。

「…まだ落ちんなよ」

花は散ってしまうから美しいのだと弓親は前に言ったが、一角にはどうもそれが理解できなかった。一角に言わせれば弓親は花の如く。そして綺麗で、散ってほしくない。いつまでも可憐に、時に妖艶に咲き誇っていてほしいというのが一角の願いだった。本人には到底言える話ではないが。

「あぁ、くそ。すっかり冷えちまった」

さっさと部屋へ戻り暖かい格好をしようと、頭や肩に積もった雪を落としながら足跡を辿った。



一方弓親の方はというと、今は髪を梳いている最中だった。今日も愛する一角の前で、一番綺麗な自分でいたいから。一角の目に映る誰よりも、そして何よりも美しくありたいから。そんな気持ちをこめて毎日毎日念入りに髪を梳く。昔、綺麗なんて滅多に言ってくれない一角が誉めてくれたのが嬉しかったから。
流れる絹糸のような髪は光り輝いているが、弓親は更に美しく己を際立たせるため椿油を取り出した。毎日使っているわけではなく、たまに出掛けるときや髪の調子が良くないときに使っている。今日の使用目的は前者、一角と出掛ける為であった。
少量布に含ませ、それで髪を撫でる様に艶をつけていく。そして、髪全体にもう一度櫛を通す。目尻と眉根の羽は今日は付けない。目蓋には紫を、唇には薄く紅を塗り、鏡の中の自分に微笑んだ。

「…今日も、綺麗」

誰に自慢する様でもなく、まるで自分に暗示をかけるように弓親は言った。

「あ、椿…!」

唇の紅を見て思い出したか、着物を汚さぬよう、丁重に紅の蓋を閉めその場に立った。財布と、鏡と、櫛と、紅を入れた巾着を持ち、首筋に付けられた痣を隠すようにすみれ色の布を巻いて。昨日二つだけ花を開かせた椿が、雪で埋もれてしまっているのではないかと心配し、急いで廊下に出る。
そこで見たものは、可憐に咲く椿に添えられた番傘。お陰で花には雪がかかっていなかった。草履を履いて花の近くに寄ると芳しい匂いが広がっていた。この隊で弓親以外に花を気にする者といったら副隊長のやちるか、三席の一角くらいしかいない。雪の上に残る足跡はどう見ても少女のものではなかった。

「何やってんだお前は」

突然後ろから掛けられた声に驚いた弓親は肩を跳ねさせた。振り向くと準備の整った一角が弓親がいる方向へ向かってきていた。

「この傘、君が?」
「…まあ」

一角が持っていた傘を広げて二人の上にかざした。

「ありがとう」

花に添えられた傘のことか、自分も傘に入れてくれたことへの礼か、咄嗟には分からずとも笑顔があまりにも綺麗でつられて微笑んだ。

「綺麗だな」
「ね」

一角は空いている手で弓親に付いた雪を払った。

「…花も、お前も」

ぱっちりと開いた目が一角に向けられる。

「何恥ずかしい事言ってるの…!」

目の周りから徐々に顔全体が赤く染まっていき、弓親は顔を手で覆った。綺麗に磨かれた爪が光る。一角に一番言ってほしかった言葉を聞けて弓親は嬉しい反面気恥ずかしくもあった。

「綺麗に見せるために化粧までしてきたんだろ?俺の為に綺麗にしてきてくれて、ありがとな」

あまりにも嬉しそうに言うから。しかもそれが本当のことだから弓親は一角から目を逸らした。冷たかった顔が瞬時に熱くなって動揺している弓親を一角は笑って自分の方へ引き寄せた。

「何今更恥ずかしがってんだよ」

一角は喉の奥でくつくつと笑いを堪えながら引き寄せた手でそのまま抱き締めた。片腕だけでも十分収まってしまいそうな弓親の身体。弓親も抱き締められている暖かさに微笑んで、回されている腕に自分の腕を絡める。

「…幸せ」

一角を見上げて笑ったその笑顔は、すぐ隣にある椿の様に美しかった。艶やかでそれでいてしつこくない。派手な着物にも良く似合う弓親の笑顔。
最も、こいつには派手だろうが地味だろうが似合ってしまうのだろうなと考える一角がいた。

「ああもう、櫛買いに行くんだろ?さっさと行くぞ」

急にこんな自分に恥ずかしくなった一角は、考えを振り切ろうと今日の予定を持ちかけた。

「あ、待って。紅、塗っていこ?」

巾着から紅と筆を出して一角の前に差し出す。毎朝、といっても過言ではないほど弓親が一角の目元に紅を塗っている。

「目閉じて」
「ん」

一角が目を閉じる。背伸びした弓親の右手に持たれた筆。目尻から上へ鮮やかな紅が塗られ、やっといつもの見慣れた一角の顔となる。

「終わったか?」
「うん、目開けていいよ」

一角は目を開けた途端弓親の唇に口付けをした。起き抜けのあの時と同じような触れるだけの短い口付け。

「…何?」

弓親は驚いた様子で一角を見上げた。

「ん、綺麗な色だったから」

 先程塗った紅い口紅に気付いてくれたのだろう。

「メリークリスマス」

突然の一角の言葉に弓親は一瞬戸惑ったがすぐに笑って言葉を返した。

「…メリークリスマス」

どちらかとも無く繋がれた手が温かかった。










前サイトから修正して持ってきました。なんだか誤字が多かったです…一通り直したつもりですがもし見つけた場合はご連絡お願いします。

2008.10.26